破壊の前に創造を
みんな知ってると思うけど、実はこのBLOGは旅行日記。
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稚内
ドーム1

東日本1人旅12日目:8月17日
朝5時起きで旭川駅まで40分かけて歩き、6時過ぎの電車で日本最北端の稚内へ向かって出発。
途中、音威子府(おといねっぷ)で45分ほど停車だったので少し街を歩いてみた。
再出発し、最果ての街:稚内に到着したのは昼12時。
日本最北の終着駅、JR稚内駅に降りた。その先にレールは無い。最北の駅まで来た!このなんとも言えない満足感はガタゴトと電車に揺られてきた旅人だけが味わえる。
ホームにある『鹿児島から3092km』と『指宿から3134km』の表示を見て、春にどっちも行ったけど、思えば遠くへ来たもんだ。
稚内駅
駅の観光案内所のオバサンに聞いて防波堤ドームまで行ってみると、石垣の上に座って海を眺めている女の人がいたので話しかけてみると、岡山から来ていて今日飛行機で帰るとのこと。昼ご飯は食べたかと聞かれたので、まだ食べていないですと言うと、1件のラーメン屋さんを教えてくれた。青い鳥というラーメン屋で塩ラーメンを食べた後、バスに乗って日本最北端の碑がある宗谷岬へ向かった。

宗谷岬の日本最北端の碑に到着。
日本を旅して、最南端,最西端,最東端を見てきた。日本の端っこはいつも、崖であって欲しいと思っていたけど、最東端と同じく岬は平坦だった。この碑が無かったら普通の海岸。とはいえ、ここが日本の最北端。駐車場には本州ナンバーのバイクが並んでいた。
最北の土産物屋で『日本最北端到達証明書』を購入。

バスで稚内駅まで戻ってきた後、稚内公園の山にあるキャンプ場へ行こうとロープウェイ乗り場に行くと『3/31で廃止されました』と張り紙が。キャンプ場へ行くのは諦め、もう一度、防波堤ドームまで行き、ドームの中でテントを張ることに。かなりの数の人がテントを張っていた。空いている場所を見つけてテントを張り、コインランドリーで洗濯をした後、バスに乗ってノシャップ岬と稚内温泉『童夢(どうむ)』に行こうと思っていたけど、日が沈み雨も降ってきたのでノシャップ岬には行かず童夢へ。日本のてっぺんで海と利尻島を眺めながら温泉に入った。

ドームに帰ってきて、コンビニで買った晩ご飯を食べながら酒を飲んだ。隣にテントを張っていたライダーのお兄さんとお姉さんと旅の話をしながら酒を飲んで一緒に写真を撮った。2人は1週間ほど前に会い、たまに合流しながら稚内まで来たらしい。明日はどうする?と聞かれ、昼頃に旭川に向けて出発しようと思いますと言うと、時間があるなら是非、利尻島か礼文島に行ったらいいよと言われたので、明日は礼文島に行ってみようと決めて寝た。


稚内
現在日本の実効支配している国土の最北端の地。(なお日本政府が主張している領土としての日本最北端は、択捉島である。) またこの辺の宗谷丘陵一帯は、度重なる大火と侵食により独特の地形・風景をしている。年平均気温は7℃ほどしかなく、樹木が生えずに笹やぶとなっている場所も多い。

宗谷岬(そうやみさき)
「日本最北端の地」と記された石碑が建てられており、この石碑を目指してやってくる観光客は数多い。現在、北方領土を除く日本の最北端は、日本政府の実効支配の及ぶ領土としては、実際にはこの宗谷岬の西北西に位置する弁天島という岩礁になる。

日本最北端の地の碑
最北端の碑
日本最北端の地に建つ、北緯45度31分22秒を表す、高さ4.53メートルの碑。

北防波堤ドーム
ドーム2
ドーム3
ドーム4
半分に切ったトンネルを円柱が支えるように見える。大人5,6人で抱えるほど太い円柱が70本も並んでいて迫力満点。
昔、ここまで汽車が来ていて、宮沢賢治がここから船で樺太に渡ったという。

防波堤の外観としては異色の、ドーム状の形態を取っていることから名付けられた。長さ424mにわたって続く古代ギリシア建築を彷彿とさせる。斬新で新しい建築物の印象を与えるが、1913年に着工、1936年に完成した歴史を持つものである。

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テーマ:一人旅 - ジャンル:旅行

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